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長崎地方裁判所 昭和31年(ワ)305号 判決 1958年6月30日

原告

右代表者

法務大臣 愛知揆一

右指定代理人福岡法務局検事

船津敏

同長崎地方法務局法務事務官

磯野陽一

長崎市大黒町二十五番地

被告

有限会社大田商店

右代表者代表取締役

荒井武

右訴訟代理人弁護士

岩本健一郎

右当事者間の昭和三十一年(ワ)第三〇五号詐害行為取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決した。

主文

被告会社と訴外大久保商事株式会社とが昭和三十年六月六日別紙目録記載の物件についてなした売買契約はこれを取り消す。

被告会社は原告に対し金二十九万八千九百六十円およびこれに対する昭和三十一年八月二十九日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告会社の負担とする。

事実

原告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、「訴外長崎市大黒町二十五番地大久保商事株式会社は、石鹸、蝋燭燐寸などの製造、加工、販売を業とするものであるが、昭和三十年六月六日、当時昭和二十九年度分法人税および同年度分、昭和三十年度分各源泉所得税、合計金八十三万九千五十円を滞納していたところから、滞納処分の執行として財産の差押をされるのを免かれるため故意にその唯一の財産である別紙目録記載の商品(石鹸)一切を代金二十九万八千九百六十円で被告会社に売却譲渡した。その後右商品は、あるいは被告会社により転売され、あるいは他の商品と混在して特定不能の状態となりその返還を求めることができない。

よつて原告は被告会社に対し国税徴収法第十五条に基き右訴外会社と被告会社との間の前記売買契約の取消および本件商品の返還にかえその売買当時の時価である金二十九万八千九百六十円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三十一年八月二十九日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。」

と陳述し、被告会社が本件売買当時善意であつたとの抗弁事実を否認し、立証として甲第一ないし第八号証を提出し、証人大神哲成、同松延継雄の各証言を援用し、乙第一号証の一、二の成立は不知、同第二号証の一、二の成立はこれを認めると述べた。

被告会社訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「原告主張事実中、訴外大久保商事株式会社が石鹸、蝋燭、燐寸などの製造、加工、販売を業とするものであること。右訴外会社が昭和三十年六月六日別紙目録記載の商品を代金二十九万八千九百六十円で被告会社に売却譲渡したこと、右商品はその後転売または他商品との混在により特定不能となつていることはこれを認めるが、その余の原告主張事実は全部これを否認する。」

と述べ、抗弁として、

「(一)被告会社が設立されたのは昭和三十年六月四日であり、本件の売買がなされたのはそれから二日後の同月六日であるから、被告会社において訴外会社の財産状況、ことに滞納国税の有無などを知る由もなく、滞納処分のあつた事実さえも知らない。すなわち、本件売買は訴外会社と通じ滞納処分による差押を免かれるため故意になした売買ではなく、被告会社としては全く善意で行つた普通一般の商取引である。

(二)被告会社と訴外会社との間の本件売買代金二十九万八千九百六十円のうち金二十一万九千五百十円は右訴外会社が訴外大久保竜男個人に負担していた債務の弁済に充当され、残額金七万九千四百五十円は同訴外人が右訴外会社の親和銀行長崎支店および九州相互銀行長崎支店に対する借入金の連帯保証をしている関係上その返済資金の一部に充当するため何れも訴外大久保竜雄個人に支払われているのであつて、被告会社としては本件売買により何等受益している事実はない。もし大久保竜男個人が転得したとしても、それは訴外会社からその前記各既存債務の弁済にあてるため支払われたものであるから、その財産処分行為をもつて直ちに詐害行為であるということはできない。

以上どの点からみても原告の本訴請求は理由がない。」

と述べ、立証として乙第一号証の一、二および同第二号証の一、二を提出し、証人大久保竜雄、同山本彌三郎の各証言および被告会社代表者荒井武の尋問の結果を援用し、

甲第四号証、第五号証は各証明部分のみ成立を認め同各号証のその余の部分および甲第八号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立はこれを認めると述べた。

理由

訴外大久保商事株式会社が石鹸、蝋燭、燐寸などの製造、加工、販売を業としていたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証によれば右訴外会社が昭和三十年六月六日現在において昭和二十九年度分源泉所得税(本税)三千円(納期昭和三十年三月二十五日)、昭年三十年度分源泉所得税(加算税)七百五十円(納期同年五月十八日)、昭和二十九年度分法人税(本税および加算税)八十三万五千三百円(納期昭和三十年三月三十一日)、以上合計金八十三万九千五十円の税額を滞納していたことが認められる。

成立に争のない甲第四、五号証の各証明部分、甲第六号証、証人松延継雄の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証および証人松延継雄、同大神哲成の各証言を綜合すれば、昭和三十年五月十一日、長崎税務署徴収課第一係大蔵事務官山川某が徴税のため右訴外会社に赴き会計係員に対し右滞納税額の即納を督促したところ、同係員は同月末までに善処するからそれまで徴収を猶予されたい旨を申出たのでやむなく事実上の猶予を認めて自発的納税を待つているうち、同年六月八日突然長崎県財務事務所徴収係から右訴外会社が財産を処分しているので差押に行く旨の通報を受け、即日右第一係所属大蔵事務官松延継雄らが訴外会社へ赴いたところ、意外にも右会社は既に同月二日ごろから八日ごろまでの間に商品の返送、債権の譲渡、銀行預金の借入金との相殺などの方法によりその全財産をほとんど整理処分してしまつており、当日右財務事務所が差押えた時価約七万円相当の在庫商品以外には格別の財産は存在せず、そのため長崎税務署としては税金の徴収はもちろん有効な差押えさえなし得ずに引き揚げたこと、また、右訴外会社にはその後も見るべき資産はなく右税額は依然として滞納されたままであることが認められる。他に右認定を左右するに足りる証拠はないそして別紙目録記載の商品も訴外会社の右財産処分の一部として昭和三十年六月六日代金二十九万八千九百六十円で被告会社に売却譲渡されたものであることは当事者間に争いがない。そうしてみると、この売買契約は右訴外会社が滞納処分としての財産の差押を免れるため故意にその財産を処分したものと認めるのが相当であり、この認定に反する証人大久保竜男、同田平昇、同山本弥三郎の各証言はいずれも措信しがたく、他右認定を覆すに足りる証拠はない。

被告会社訴訟代理人は抗弁として、被告会社が本件売買当時善意であつた旨主張するけれども、成立に争のない甲第六、七号証および証人大神哲成、同松延継雄、同山本弥三郎(前記および後記の措信しない部分を除く。)の各証言を綜合すれば、右訴外会社は営業不振に加えるに多額の滞納税金の納付などに苦しみ営業を継続してゆけなくなつたところから、これを解散して新たに被告会社を設立することとなり、被告会社は右訴外会社の取締役であり実質上の経営者であつた田平昇を代表取締役とし、その他右訴外会社の幹部を中心として昭和三十年六月四日設立され、訴外会社の従業員および取引先をそのままひきつぎ、訴外会社が倉庫として使用していた所を事務所とし訴外会社同様石鹸類などの販売を業としたものであることが認められるから、両者はその経営の実体においてほとんど変りがないと言い得るものであり、本件売買も収税官吏による差押を免かれるため訴外会社が故意に行つたものであることは被告会社として当然知悉していたものと認めるべきで、右認定に反する証人田平昇、同山本弥三郎の各証言は措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠もない。

次に、被告会社訴訟代理人は被告会社に受益の事実がないと主張するが、被告会社は本件売買により別紙目録記載の商品を取得したのであるから、右売買により利益を受けたものと解するのを相当とするし、また、右代理人は本件売買代金が訴外会社によりその既存債務の弁済に充当された旨主張するが、この点に関する証人大久保竜男、同山本弥本郎の各証言は措信しがたく、他にこの主張を認めるに足りる証拠はない。

かようにして被告の抗弁はすべて理由がなく、本件売買契約は原告主張のとおり詐害行為であると認められる。そうして、右商品がその後被告会社により転売されまたは被告会社の他の商品と混在して現在特定不能の状態にあることは当事者間に争がない。また右商品の売買代金二十九万八千九百六十円が売買当時の時価であることは原告の主張するところであるが、弁論の全趣旨から被告会社において自白したものと認められる。従つて、原告が被告会社に対し別紙目録記載の商品についてなした売買契約の取消および右商品の返還にかわる損害賠償として当時の時価金二十九万八千九百六十円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三十一年八月二十九日から完済にいたるまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるのはすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高次三吉 裁判官 守安清 裁判官川坂二郎は差支につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 高次三吉)

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